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林くんの日記

そこには元気に走り回る林くんの姿が!

”後世への最大遺物”が青空文庫で気軽に読めて、普通に面白かった ~太宰もハマったキリスト教~

太宰治ADHD説”という本を読んでいたら、「太宰治キリスト教にハマったのは内村鑑三に感化されたからだ。」みたいなことが書いていたので、僕は内村鑑三に少し興味を持った。

ラッキーなことに、NHKの”100分de名著”という番組で内村鑑三の”代表的日本人”という本が取り上げられていたので、とりあえずそれを見てから、番組内でとりあげられていた”後世への最大遺物”も読んでみた(青空文庫で気軽に読めた)。

 

 

後世への最大遺物”はなかなか面白かった。

かなり大雑把に内容をまとめると、

 

人間は、

  1. 事業に使うための(溜めるためだけの金でない)
  2. 事業(土木事業のようなもの)
  3. 思想文学
  4. 勇ましい高尚なる生涯(これが一番大切)

のうちのどれかを後世に残すべきである!

 

というようなことが書いてあった(詳しく知りたい人は読んでみたらいいと思うよ)。

 

僕は個人的に太宰治がわりと好きなので、「太宰は内村鑑三のどんなところに影響を受けたのかなぁ」という視点で読んでたけど、そこらへんは何となく納得できたように思えた。

 

特に、文学について書かれた部分については、太宰っぽいと感じた。

以下、太宰っぽいと感じた部分を抜粋。

文学はわれわれがこの世界に戦争するときの道具である。(中略)この世界の敵なる悪魔を平らげようとの目的をもって戦争をするのであります。

実にあなたがたの心情をありのままに書いてごらんなさい、それが流暢なる立派な文学であります。

 

なんだかんだで太宰の文学を評価する人が絶えないのは、どれだけふざけたところがあっても、彼の本当のありのままの思いがどこかに含まれているからじゃないかと思う。

あと、まぁよくわからんけど太宰なりに”目に見えない何か”と戦っていたに違いないように思う。何と戦ってたのかは知らんけど。たぶん、お下劣な世間とか対人恐怖による苦しみとか結核とかと戦ってたんじゃないかなぁ。かわいそうに。

 

”後世への最大遺物”に話を戻す。

勇ましい高尚なる生涯についての部分もふに落ちた。

 

わかりやすかった例えは、二宮金次郎は彼の事業によって確かに多くの村の人民が救われたけど、その事業による功績よりも、彼の生き様二宮金次郎像で象徴されるような、根気強く勤勉な勇ましい高尚なる生涯)を知ることによってインスピレーションを受け、勇気づけられた人々がたくさんいる、という功績の方が大きい。つまり、金・事業・文学を遺すよりも、勇ましい高尚なる生涯を遺すということが、何より価値のあることである。

みたいなことが書いてあって、なるほどなぁと感心してしまった。

 

 

ただ、納得できない部分もちょっとあった。

一番納得できなかったのは、源氏物語をディスってる部分は全然納得できなかった。まぁ福沢諭吉実学重視を説いていた時代だから、源氏物語のような実学とは程遠い物語は総じて評価が低かったという時代背景があるらしい。

 

あと、

関東に往きますと関西にあまり多くないものがある。関東には良いものがだいぶたくさんあります。関西よりも良いものがあると思います。

の部分は、関西に愛着のある人間としては「ちょっと待てよ!それって差別じゃない!?」と一瞬思ったけど「まぁわからんでもない」という気もした。

 

 

最後に、キリスト教を1ミリも信じていない僕が思うに、ぶっちゃけ、内村鑑三からキリスト教の要素を全て抜いたとしても、特に変わらないんじゃないかという疑惑が湧いてきた。

もしも仮に、内村鑑三が一生キリスト教抜きの生涯を送ったとしても、信仰の力に頼らずとも自分の強い意思の力だけで、勇ましい高尚なる生涯を送るだけの器を持った漢だったんじゃないかなぁ。

 

内村鑑三は、ふたつのJを大事にしたといわれている。

それは、「ジーサスイエス・キリスト)」と「ジャパン」のふたつである(って100分で名著で言ってた)。

でもそれって、ジャパンを大事にするために、ジーザスを使うのが都合良かっただけなんじゃないかなぁという気がしている。

 

というのも、彼の非戦論について、ウィキペディアの記事を読んだんだけど、軸がぶれているというか、二枚舌というか、ご都合主義ではないかという感じを受けてしまった。

という事実から察するに、それって単に誰が見ても日露戦争での日本の勝算が低かったからビビって非戦論にしたと言われてもしかたがない気がした。

それに、

  • 「徴兵拒否したい」と相談に来た青年に対して「兵役には行った方がいい」

と発言したらしいけど、そこらへんに関する説明を読んだ後でも、非戦論を唱えている人間が「兵役に行った方がいい」と言うのは無責任じゃないかという気がする。

 

結局、彼自身が行動するための理屈を補完するものが、たまたまキリスト教の中に存在していたってだけで、キリスト教がなくても内村鑑三日露戦争では非戦論を唱えたに違いない気がするし、キリスト教がなくても何らかの金・事業・思想・勇ましい高尚なる生涯を確実に後世に残したであろうと思われる。

 

 

 

…なんか思ったより否定的な内容を書いてしまったけど、「僕は個人的にキリスト教を信じない」というだけのことで、僕はキリスト教が間違っているなんて1ミリも思っていない。僕の心の中には神は存在しないけど、キリスト教徒の心の中では、確かに神は存在していると思っている。

 

とにかく、”後世への最大遺物”を読んで僕は普通に感動したのは間違いないし、青空文庫で気軽に読めるので、読んだことがない方には是非読んでみることをオススメしたい(太宰治が好きな人には特にオススメしたい)。100分de名著の”代表的日本人”の回も面白かったし。