読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

林くんの日記

そこには元気に走り回る林くんの姿が!

長谷川豊氏が人工透析患者を中傷している件について ~人間が生きものの生き死にを自由にしようなんておこがましいとは思わんかね~

長谷川豊氏が人工透析患者を中傷した件で、少し思うところがあった。

 

まず、長谷川豊氏を擁護する立場から出発してみる。

姥捨山」とか「ヘンデルとグレーテル」であるように、貧乏に耐えきれなくなった大人が、弱い立場の人(老人や子供)を口減らしのために捨てるという昔話もある。

野生の動物の世界では、子供が二匹いたら出来の良い方だけにエサをたくさん与えて、もう一匹は、出来の良い方が死んだ時の保険として育てるみたいなペンギンがいるという話を昔テレビで見たことがある。

つまり、この世の中には、弱者を泣く泣く切り捨てる、というような「自然淘汰の法則」がある。

ちょっと前に、障害者施設の殺人事件があったけど、あの犯人もたぶん「弱者は切り捨てるべき」たみたいな思想から犯行に及んだとか言ってた気がするけど、そういう思想を持った人間が、社会の中に少しだけ存在している事は、ごく自然な事なのかもしれない。逆に、そういう犯罪者が全く存在しない社会の方が、よっぽど異常事態だと思う(そういう社会を実現するためには、たぶん、犯罪者っぽい人を片っ端から殺すくらいの超法規的な粛清を日常的に行う必要があると考えられる)。

この流れでいけば、長谷川豊氏の言っている事は、自堕落な人工透析患者は死んだ方が良いという発想は、そんなに不自然な事でもないのかも。

 

ただ、昔ならともかく、現代の日本という豊かな国の中では、昔なら死んでいた人が普通に助かるという事例の方がむしろ普通である。現代の医療技術で助かるはずの人を、わざわざ何もせずに切り捨てて、それを"自然淘汰"と断定するのは、逆に不自然な事のようにも思える。

一体、どこからどこまでが自然な事で、どこからどこまでが不自然な事なのか。どこからどこまでが自然淘汰されるべき人間なのか。自堕落な生活を送った末に人工透析患者になって医療費を食い潰す人達は死ぬべきなのか。

 

僕は正直、長谷川豊氏のいう事には、あまり賛同できない。人工透析患者をわざわざ死なせるなんてやっぱり不自然な事だと普通に思うし、手塚治虫ブラックジャックに出てくる、あのドクターキリコ(キリコは安楽死という口実で安易に患者を殺しまくる恐怖の医者である)ですら、助かる見込みのない患者であれば容赦なく殺しまくっていたけど、助かる見込みのある患者はちゃんと助けていた気がする。

 

ただ、僕は、世間から叩かれている人間を見ると、なぜか、その叩かれている人間を擁護したい、と何の理屈もなく思ってしまう性格なので、何もそこまで長谷川豊氏を叩かなくても良いんじゃない?という気もする。たぶん、彼だって、ちょっとした出来心だったに違いない。本当に真剣に人工透析患者に殺意を抱いている危険人物なら逮捕しても良いと思うけど、彼の場合は、注目を集めたいがためだけに、少々過激な発言をしただけって感じがする。

ともかく、今回の件で注目を集める事には成功したんだから、もちろんテレビを降板させられたのは痛かったけど、それをバネにして、テレビ以外のところに活路を見い出せば良いじゃん、と僕が彼の立場ならそんな風に無理矢理ポジティブに考えるかも。