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林くんの日記

そこには元気に走り回る林くんの姿が!

「女性=知恵の象徴」説 ~菩薩もソフィーも女性的な件について~

菩薩」という言葉は、「成仏を求める修行者」という意味である。「成仏」という言葉は、「悟りを得ること」という意味で、「悟り」という言葉には「知恵」という意味もある。

つまり、「菩薩」とは「知恵を求める者」であると言える。

 

「哲学(フィロソフィー)」という言葉は、フィロ=愛する、ソフィー知恵、が語源で、「知恵を愛すること」という意味であったという。

つまり、「哲学者」とは「知恵を愛する者」であると言える。

 

以上より、「菩薩」と「哲学者」の意味は、かなり似ていると言える。

 

しかも、さらに似ている部分がある。

フィロソフィー(哲学)の、"ソフィー"は、欧米では女性名詞である。女性の名前としてよく使われる。(ところで、この間、ソフィーの世界という哲学の入門書を読んだけど、普通に面白かったし勉強にもなった。ちなみにソフィーの世界の主人公ソフィーは14歳の女の子である。)

菩薩の仏像は、女性的な外見をしている。女性は光り物が好きと言うけれど、菩薩も派手なアクセサリーをしている事が多い。観音菩薩は、自在に姿を変える事ができるらしいけど、これも、女性の心が多面的という意味で女性的な気がする。地蔵菩薩は、冥界の王である閻魔の仮の姿であるらしいけど、これも、女性には怖い一面があるということなのかも。

 

そういえば、アラビアンナイトの話でも、賢くて行動的な女性が数多く登場すると聞いたことがある。

どうやら、知恵という言葉には、西洋でも東洋でも、女性的なイメージが含まれているようだ。 

 

僕は、男性よりも女性の方が賢いとは思わない(もちろんその逆も)。でも、こんなに世界中で、知恵という言葉に女性的なイメージが含まれているのはどうしてだろうか?というと、僕が思うに、たぶん、男性から見た女性が賢い存在であるからじゃないかという気がした。口喧嘩とか圧倒的に女性が強いし。男性は、腕力で女性に勝てるけど、知恵で女性に勝てないってイメージだろうか。

 

ともかく、菩薩もソフィーも女性的なのは興味深いことだと思う。人間の歴史はほとんど男尊女卑の世の中だったけど、その男尊女卑の中でも、男性が女性に対して畏れ多い気持ちを抱いていたからこそ、知恵という言葉に女性的なイメージが担わされてきたんじゃないかなぁ。